ヴィエンチャンのランドマーク、パリの凱旋門を模したというパトゥーサイから眺めたヴィエンチャン。高層建築が全く無い。
このブログも中国による政治的圧力(笑)により更新が滞っていたが、やっと今これを書いている時間に追いついた形になりホッとしている。今回は、今滞在中の国「ラオス」について。と言ってもバスで途中休息したところとヴィエンチャンしかしらないが、私の知る範囲でどういうところか説明しよう。「何にもないところ」である。まあ良く言われることだが。なにしろ、やることが無いのだ。今の私の標準的な一日を書き出してみよう。朝、9時頃に目が覚める。でも店はまだ開いていない時間だ。ぼーっとしているうちに食堂が開く時間になる。食事はほぼ毎日同じ食堂でとる。私が現在宿泊している「saysouly guesthouse」の左斜め前のお店だ。この食堂は、オススメ。まずお店の人たちがみんな気さくでくつろげる。さりげなく他の旅行者に紹介してくれたりするから自然と知り合いが増える。そしてもちろん、料理もgood!である。焼き飯やらラープ(挽肉のサラダ。ライムとミントが利いて美味)やらを食べ、ビアラオを飲む。日本を出る前にいろんな本やブログで「ビアラオはおいしい」と書いてあるのを見て楽しみにしていたのだが、いやあ、本当に旨い!
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いよいよ国際バスで、ラオスの首都ヴィエンチャンへ。中華圏脱出である。私は今まで、大陸中国・台湾・香港とたまたまであるが中華圏ばかりを旅してきた。今回東チベットへ行き、中国文化以外のものと触れたという実感は確かにあった。しかし悲しいことに政治上はチベットは中国の一部となっているし、中国語も通じる、人民元が使える。そういう意味ではラオスこそが、私にとっての初・中華圏以外の外国ということになる。国際バスは前述したように寝台バスだが、一つの寝台に二人というもの。しかしまあ、隣の人のほうを向かないようにしてやり過ごした。朝目が覚めたら国境の町であった。国境で出国・入国手続きをしてから眠くなり、数時間眠る。起きたら外は別世界だった。
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ビザの延長が完了。中国の二等列車、いわゆる「硬座」に乗って成都から昆明までやってきた。この20時間の汽車の旅はいや~辛かった。背もたれが垂直で眠れない、隣の男が寄りかかってくる、座るときぶつかってくる等々。列車が到着して改札が開いたときも、大混乱。割り込み合戦である。こちらも譲っていてはホームに入れない。猛り狂う人民を押し分け押しのけ、改札をくぐるときにキャリーバッグが引っ掛かった。あれ?変だな。改札を通れる幅のはず、と後ろを見ると私の荷物と改札のゲートの間に後ろの男性の荷物が挟まっている。状況からして、わざとやったようだ。あのねえ、そんなことしたってあんたが私の前に入れるわけじゃないでしょう?何でもかんでも本能的に割り込もうとすればいいってもんじゃないでしょうが!男性を睨み付けて荷物をどかさせて改札をくぐる。前回の成都で精神的には克服したものの、旅行するのが大変な国なのは間違いないなあ中国は、とため息が出る。硬座での旅の道中については、あまり触れたくない。辛すぎて。後述するが昆明からラオスのビエンチャンまでは国際寝台バスで来たのだが、寝台と言っても一つの寝台に二人。見ず知らずの男性と同じベッドで寝るという味のある状況だったが、それすら硬座20時間の旅に比べたら天国に思えたほどだ。今のところ、私の中で地球上で一番辛い乗り物ランキング、暫定ながらもぶっちぎりの一位である。いよいよ昆明に着き、予約していたホステルにチェックイン。昆明は、いい街だった。いきなりこういうと何だが、まず車に轢かれそうにならない(中国にしては異例に交通マナーがいい。クラクションもほとんど鳴らされない)それに穏やかな人が多い。たとえば到着した日にこんなことがあった。ホステル近くの宝石屋を覗いたらすごく心を惹きつけられるヒスイのバングルがあった。見せてください、とショーケースから出してもらう。ヒスイは値段がピンキリだ。数百円から上は天井知らず。しかも見た目で値段がわからない。ちょっとぐらい高くても、これだけ気に入ったんだから買っちまえ、と悪魔がささやく。貧乏旅行中なのに。まあ値段だけでも聞いてみよう。女性の店員さんに「いくらですか?」と聞くと「6000元(10万円弱)です」ははは、そりゃムリだ。見せてもらった以上買えないって言いにくいけどしかたがない。すみません、お金が無いので、と正直に告げた。するとその店員さんがニッコリ笑って「いいんですよ、見るだけでも」恐縮してその場を去る私に「今後の旅も道中気を付けて」まで言ったのである。本当に中国か?と思った(失礼)。上海あたりなら舌打ちされてもおかしくない状況である。短い滞在だったのでお店の人くらいとしか話さなかったが、穏やかでにこやかな人が多いので驚いた。これから中国に行ってみようかなという方は昆明、お勧めである。標高がそこそこ高いから今の季節でも涼しかったし。
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バスを乗り継いで、再び成都に帰ってきた。ここでビザの延長手続き。できあがるまで5営業日かかるというのでその間ホステルに宿泊する。(結局すぐ中国を出たので延長する必要は無かったのだけど、このときは更に中国各地を見ながら南下する予定だったので)この成都滞在で、またしてもいろいろ打ちのめされることになった。何度も車に轢かれそうになった。なぜ人がいるのがわかっているのに、ことさらにスピードを上げて突っ込んでくるのか。私が止めたタクシーに平然と乗り込まれたときは、一瞬何が起こったのかわからなかった。腹が立ったが中国語でなんと言っていいのかわからないから日本語で抗議したら、近くで見ていた何の関係も無いオッサンに喧嘩売られそうになった。私が日本人だとわかったからだろう。人を国籍や人種だけで判断するクズはどこにでもいるが、自分がその矛先を向けられると本当にショックである。身の危険も感じたし、何より侮辱を受けた気がした。私は私だ。「日本人」なんていう漠然とした集団に対する彼の感情を、私という個人にぶつけられそうになった理不尽に、心底気分が悪くなった。そしていつの間にか私も思っていた。
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色達で泊まった安ホテルにチェックインしたときである。
チベットへ来てから泊まった大抵の宿は家族経営の小さな宿が多く、パスポートの提示も求められなかったが、ここは小さいとはいえホテルなのでパスポートを提示、宿泊するための書類も書く必要があった。「日本人」というと宿のおかみさん(ホテルなのにおかみさんとは変だが、そんな感じなのだ)から「おぉ」という声が。珍しいらしい。宿泊するための書類に記入。なにを書いたらいいかわからないところもあるので、わかるところだけ記入、おかみさんに手渡した。書類を一通り確認したおかみさんが中国語で一言、
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ラルンガルゴンパを堪能した後、色達の街へ。乗り合いタクシーで1時間ほどの距離だったと思う。色達は周りをチベットの平原に囲まれ、道路に沿った細長い街だった。もうチベットへ来た目的は全て果たしており、色達へ来たのも帰りのバスに乗るためである。しかし、思いのほか長期(と言っても数日だが)滞在することになった。お腹を壊してしまったのである。それ以外は普通の体調なので、街歩きなどに問題は無いのだが、この状態で長距離バスに乗るのは避けたい。そんな仕方なくの滞在中にも、印象深いことがいくつかあった。まず思い出すのは、日本からの船を降りてから初めて、湯船の風呂に入ったことだ。街に入ったとき、スパの看板が見えたのだ。気になって行ってみると、サウナ&入浴で88元と書いてある。88元と言えば貧乏旅行者にとって大枚だが、ずーっとチベットの埃風にまみれ、ろくにシャワーも浴びられない日々を送っていた私は誘惑に抗し切れなかった。サウナについて何の説明も無かったが、どのみち入るつもりは無かったのでスルー。あくまで目的は「入浴」である。浴室に入ると、木でできた一人用の湯船が3つ並んでいる。うん、イイ感じ。シャンプーで髪を洗っても7回は全く泡が立たず、普通に泡が立つようになったのは十数回目だった。体も洗い、いよいよ湯船につかる。む、湯加減がちょうどいい。まさに絶妙!日本人の風呂の適温をわかっているとはチベット人、やるじゃないか。チベットの真ん中で、ゆったり湯船につかり、うとうとする。チベットの平原に沈む夕日を見ながらの風呂帰り。
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ラルンガルゴンパには、3日ほど滞在した。念願だった割には大した日数いなかったが、絶景を見慣れてしまうのは嫌だと思ったのだ。なにせ、ゴンパのど真ん中に宿泊しているので、ホテルの窓からゴンパの片側ほぼ全てが見渡せるのだ。それに、私の作品としての写真撮影には不向きな場所だということもわかったので。ゴンパ内を散策してみると、当たり前だが歩いている人の9割がたお坊さんである。残り1割、ゴンパ内のお店やホテルの従業員、何やら急ピッチで作っている施設の作業員、それに漢人の観光客が混じっている。ゴンパ内の広場にいつも、チベット人の物乞いの親子がいた。あるとき、その物乞いに金をやって、「物乞いらしい」ポーズをとらせて嬉々として写真を撮っている漢人の観光客の一団がいた。「クソ野郎どもめ!!」瞬間的に憤った。この旅に出てから、あんなに怒ったのは初めてだった。よほど食って掛かろうかと思ったがしかし、やめた。彼らにとって、貴重な収入には違いない。そこにこちら側の勝手な美意識を持ち込んで邪魔をするべきかどうかわからなかったのだ。中心になって写真を撮っている奴を睨み付け、向こうがこちらに気づいたのを確認した後、その場を離れた。
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朝早く起きて、甘孜の宿を出た私は街のメインストリートへ向かった。色達へ向かう乗り合いタクシーを探すためだ。しばらく探すと色達行きが見つかったが、乗客が集まり次第の出発だという。しばらく待つうちに、だんだん人数が集まってきた。仕事で色達へ向かう漢人の若者S君、色達へ帰る年配の尼僧、母子連れのチベット人など。最終的に人数は集まったが、タクシー側からの提示金額は120元。ネットで調べた情報からすると、だいぶボラれているかんじがする。S君も運転手に「高すぎる」というようなことを言っている。110元まで下がったが、まだ高い。しかし、時間もだいぶ遅くなってしまっていた。結局は乗客側がそれで押し切られ、出発となった。こういう乗り合いの交通機関は初めてだったのだが、私個人が値段に不満があって納得しないと、全員の出発が遅れる。しかしあまり安易に納得すると、みんなが高い運賃を払わされる。この呼吸は難しいな、と思った。タクシーは3台ほどの隊列を組み、走る。輸送効率を上げるためと、トラブルのとき援助しあうためだろう。地図によると、成都⇒康定間や康定⇒甘孜間にくらべたら甘孜⇒色達間は距離は大したこと無いようだ。しかし、道がものすごく悪かった。「揺れる」なんて生易しいものではない。下から「ぶっ叩かれる」感じ。ムチ打ちになるかと思った。また、川になったところを車で横切るような場所もあった。最初のうちはS君と日本のアニメの話などしていたのだが、あまりのハードさに2時間もすると二人とも黙り込んでしまった。見ると、同乗していたチベット人母子の母親のほうが前席の背もたれに頭をつけ、すっかり参ってしまっている。色達に住んでいるのなら高山病ではないだろう。おそらく乗り物酔いだろう。無理もない。休憩で車が止まっているとき、私は高山病対策で何本か持ってきたペットボトルの水の最後の1本を彼女にあげた。私の悪い癖である。善意というより、ええ格好しいなのだ。
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2013年7月23日バスで康定を後にし、次の町”甘孜(カンゼ)”へ。14時間のバスの旅であった。甘孜着後、やはり客引きに連れられ、道路の上に渡り廊下状にまたがっている建物の二階の旅館へ。ドアを入るとすぐ、大きなベッドがあり、暗くてよく見えないが誰か寝ている。どうも入ってすぐが旅館の家族の居住スペースで、その奥のほうに客室があるらしい。しかし、客室を見せてもらうとなかなか綺麗で、何より”無臭”なのが良い。窓が大きく街のメインストリートが見下ろせるのも気に入り、泊まる事にした。(夜になってわかったのだが、この旅館の上がカラオケ屋で、中華風ともチベット風とも付かない歌声が大音響で降ってくる。これが深夜まで続くのだが、獣臭やトイレ臭より100倍マシである)この旅館でのできごとは、私にとって印象深いものになった。登場人物は、この旅館の娘、6歳である。バスが運行している時間、両親はバスターミナルに客引きに行ってしまう。その間、旅館の入り口を見ているのはこの女の子であり、テレビでアニメ等見ながらその場を守っている姿は、健気なものだと思っていた。あるとき、その子が私に話しかけてきた。しかし、言葉が通じずうまく伝わらない。娘は私の手を引っ張ってテレビの前に連れてきて、テレビのチャンネルを変え始めた。しかし、娘の思う番組がやっていなかったのか、その場はそれで終わった。その後、夜外出して戻ってきたとき、その子が火のついた線香をくれた。どうするの?と身振りで聞くと部屋で焚け、とのこと。他のお客にそういうことをしている気配は無い。どうやら私は、その子の”お気に入り”のお客になったようだ。私には昔から「どこでも子供とはすぐに仲良くなる」という特技(?)があった。日本ではもちろんそうだし、中国・台湾・香港でもそうだった。その特技が、チベットでも通用するのかとひそかに思っていたのだが、むしろ日本や中華圏以上に通用しているようだった。あるとき、旅館の部屋でぼうっとしていると、ドアがノックされた。出てみると彼女で、何か言っている。しかし、よく意味がわからない。そこで中国語で「聞き取れないよ」と言うと、私の耳元で、あらん限りの大声で叫んだあと、「これで聞き取れたでしょ?」そういうことじゃないんだ。鼓膜破れるかと思ったぞ!どうもよく聞いてみると「私は買い物に行ってくるから、ちょっと旅館見てて」と言っている。おいおい、オレは客だぞ!と言おうにも中国語でなんていうのかわからない。それに、こんな女の子の頼みを断るのも気が引けた。彼女は両親がいない間は外出もできないに違いない。よし、わかった!行って来い、と女の子を送り出し、付けっぱなしのテレビで中国製アニメを見ながら、ふと気づいた。オレ、仕事やめて旅に出たのに仕事してる。しかもタダで!それに、女の子の両親が戻ってきたらなんて説明すればいいんだ?気まずいじゃないか。幸い、女の子はお菓子を買ってすぐに戻ってきたのでそういうことにはならずに済んだが。帰ってきたその子としばらく一緒に遊んでやったのだが、普段一人でいる時間が多いせいか、本当によく笑う。なんというか、全身全霊で笑う、という感じなのだ。見ていて感動さえ覚えるほどだった。遊び方もパワフル。旅館中を引っ張りまわされる羽目になった。指を思いっきり噛まれたりもしたのだが、手加減なしでホントに痛かった。それでも、彼女の笑いが見れるなら、まあいいかと思わせられた。その後も、彼女は私の良い遊び相手だった。「特技」を駆使して、この旅ですでにたくさんの子供たちと仲良くなったが、彼女が一番の”親友”だったと思う。甘孜を出る朝、彼女はまだ旅館入り口のベッドで眠っていたので、別れの挨拶はできなかった。心の中で「再見」とつぶやいて旅館を出たが、本気で別れが辛かった。私は彼女のことを一生忘れないと思う。これからチベットと言われたら、敬愛するダライラマ法王よりも、ラルンガルゴンパの絶景よりも先に、彼女の大声と、体全体で笑う姿を思い出すと思う。
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康定の町
2013年7月21日朝8時半。
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成都に着いて一眠り、英気を養った私はホステルでチベット行きの情報を得ようと思った。ちなみに今回のチベット行きの最終目的地は色達(セルタ)にある”ラルンガルゴンパ”である。私は、あまり観光地とか名所を「どうしても見たい」とか思わない方なのだけど、ネットでこのゴンパ(僧院)を見たとき、絶対にこの目で、直接見たい!と珍しく強く思った。とにかく、凄い風景なのだ。
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