
ヴィエンチャンのランドマーク、パリの凱旋門を模したというパトゥーサイから眺めたヴィエンチャン。高層建築が全く無い。
このブログも中国による政治的圧力(笑)により更新が滞っていたが、やっと今これを書いている時間に追いついた形になりホッとしている。
今回は、今滞在中の国「ラオス」について。
と言ってもバスで途中休息したところとヴィエンチャンしかしらないが、私の知る範囲でどういうところか説明しよう。
「何にもないところ」

ヴィエンチャンのランドマーク、パリの凱旋門を模したというパトゥーサイから眺めたヴィエンチャン。高層建築が全く無い。
このブログも中国による政治的圧力(笑)により更新が滞っていたが、やっと今これを書いている時間に追いついた形になりホッとしている。
今回は、今滞在中の国「ラオス」について。
と言ってもバスで途中休息したところとヴィエンチャンしかしらないが、私の知る範囲でどういうところか説明しよう。
「何にもないところ」

いよいよ国際バスで、ラオスの首都ヴィエンチャンへ。中華圏脱出である。
私は今まで、大陸中国・台湾・香港とたまたまであるが中華圏ばかりを旅してきた。
今回東チベットへ行き、中国文化以外のものと触れたという実感は確かにあった。
しかし悲しいことに政治上はチベットは中国の一部となっているし、中国語も通じる、人民元が使える。
そういう意味ではラオスこそが、私にとっての初・中華圏以外の外国ということになる。

ビザの延長が完了。中国の二等列車、いわゆる「硬座」に乗って成都から昆明までやってきた。
この20時間の汽車の旅はいや~辛かった。背もたれが垂直で眠れない、隣の男が寄りかかってくる、座るときぶつかってくる等々。
列車が到着して改札が開いたときも、大混乱。割り込み合戦である。こちらも譲っていてはホームに入れない。猛り狂う人民を押し分け押しのけ、改札をくぐるときにキャリーバッグが引っ掛かった。
あれ?変だな。改札を通れる幅のはず、と後ろを見ると私の荷物と改札のゲートの間に後ろの男性の荷物が挟まっている。
状況からして、わざとやったようだ。

バスを乗り継いで、再び成都に帰ってきた。
ここでビザの延長手続き。できあがるまで5営業日かかるというのでその間ホステルに宿泊する。
(結局すぐ中国を出たので延長する必要は無かったのだけど、このときは更に中国各地を見ながら南下する予定だったので)
この成都滞在で、またしてもいろいろ打ちのめされることになった。
何度も車に轢かれそうになった。なぜ人がいるのがわかっているのに、ことさらにスピードを上げて突っ込んでくるのか。

色達で泊まった安ホテルにチェックインしたときである。
チベットへ来てから泊まった大抵の宿は家族経営の小さな宿が多く、パスポートの提示も求められなかったが、ここは小さいとはいえホテルなのでパスポートを提示、宿泊するための書類も書く必要があった。
「日本人」というと宿のおかみさん(ホテルなのにおかみさんとは変だが、そんな感じなのだ)から「おぉ」という声が。珍しいらしい。
宿泊するための書類に記入。なにを書いたらいいかわからないところもあるので、わかるところだけ記入、おかみさんに手渡した。
書類を一通り確認したおかみさんが中国語で一言、

ラルンガルゴンパを堪能した後、色達の街へ。乗り合いタクシーで1時間ほどの距離だったと思う。
色達は周りをチベットの平原に囲まれ、道路に沿った細長い街だった。
もうチベットへ来た目的は全て果たしており、色達へ来たのも帰りのバスに乗るためである。
しかし、思いのほか長期(と言っても数日だが)滞在することになった。
お腹を壊してしまったのである。それ以外は普通の体調なので、街歩きなどに問題は無いのだが、この状態で長距離バスに乗るのは避けたい。

ラルンガルゴンパには、3日ほど滞在した。
念願だった割には大した日数いなかったが、絶景を見慣れてしまうのは嫌だと思ったのだ。
なにせ、ゴンパのど真ん中に宿泊しているので、ホテルの窓からゴンパの片側ほぼ全てが見渡せるのだ。
それに、私の作品としての写真撮影には不向きな場所だということもわかったので。
ゴンパ内を散策してみると、当たり前だが歩いている人の9割がたお坊さんである。

朝早く起きて、甘孜の宿を出た私は街のメインストリートへ向かった。
色達へ向かう乗り合いタクシーを探すためだ。
しばらく探すと色達行きが見つかったが、乗客が集まり次第の出発だという。
しばらく待つうちに、だんだん人数が集まってきた。
仕事で色達へ向かう漢人の若者S君、色達へ帰る年配の尼僧、母子連れのチベット人など。

前回甘孜の旅館の女の子のことを書いたが、旅館でその子と遊んでいただけではない。
写真も撮ったし、街を散策もしたし
ゴンパ(僧院)にも行った。
街から歩くこと数十分のところに「カンゼゴンパ」がある。

2013年7月23日
バスで康定を後にし、次の町”甘孜(カンゼ)”へ。
14時間のバスの旅であった。
甘孜着後、やはり客引きに連れられ、道路の上に渡り廊下状にまたがっている建物の二階の旅館へ。
ドアを入るとすぐ、大きなベッドがあり、暗くてよく見えないが誰か寝ている。

康定の町
2013年7月21日朝8時半。
康定酒店駐車場を出発したバスはチベット最初の目的地”康定”に向けて走り出した。
約8時間のバスの旅である。
この道中についてはあまり書くことが無い。

成都に着いて一眠り、英気を養った私はホステルでチベット行きの情報を得ようと思った。
ちなみに今回のチベット行きの最終目的地は
色達(セルタ)にある”ラルンガルゴンパ”である。
私は、あまり観光地とか名所を「どうしても見たい」とか思わない方なのだけど、ネットでこのゴンパ(僧院)を見たとき、絶対にこの目で、直接見たい!と珍しく強く思った。
とにかく、凄い風景なのだ。